女性のための温泉
〜 総湯めぐりと歴史散歩 〜 
2005.04.10
 石川の共同浴場は、「大湯」「総湯」「惣湯」などと呼ばれてきた。
 しかも全体に温泉の開湯は古い歴史の中にある。
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【和倉温泉 総湯】

  和倉温泉は約1200年前、薬師岳湯之谷で温泉が噴出したと伝えられている。その後、地震で海中に湯脈が変動。1羽の白鷺が傷を癒し、羽を休めた所から、海底に温泉が湧き出しているのを発見したといわれている。 
 総湯の開湯は明治32年、現在の建物は6代目にあたる。

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【片山津温泉 総湯】

 片山津温泉は承応2年(1653年)、この地方を治めていた大聖寺二代藩主前田利明が鷹狩リに出かけたとき、偶然、柴山潟の中から温泉が湧き出ているのを発見したことから始まる。
 以来紆余曲折があったが、明治15年(1882年)に本格的な工事により温泉確保に至った。

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【山中温泉 総湯】

 山中温泉は今から1300年ほど前、僧行基が北陸行脚のときに発見し、その後一時兵乱のため荒廃していたが、文治年間、長谷部信連が鷹狩の際1羽の白鷺が芦の間の流れに傷足を洗うのを見て、霊泉の湧出するのを知り、ここに浴槽をこしらえたことによる。
 以来800年の歴史を誇る。
  山中や 菊は手折らじ 湯の匂い
                                           松尾 芭蕉

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【山代温泉 総湯】

 山代温泉は神亀2年(725)に行基が湯で傷口を癒すカラスを発見した伝説に始まる。平安時代の中期に、花山法皇の命により薬王院温泉寺に七堂伽藍が建立されると、山代温泉の名が全国的に広まった。
 文化末年(1817年)の頃、総湯をぐるりと囲むようにして宿が建ち町並みが造られていったため、総湯周辺を「湯の曲輪(ゆのがわ)」と呼ぶようになった。


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 13世紀末ごろから畿内とその周辺地域では、農村の自治組織として「惣(そう)」が誕生し、集落単位の集まりは「惣村(そうむら)」と呼ばれた。
 温泉も惣村全体の人々が共同利用するので、「惣湯(そうゆ)」と呼ばれるようになる。
 「惣湯」は後に「総湯」と書き改められ、石川県に多く見られる。(以上、温泉法則:石川理夫著より)

  総湯は他にも「粟津温泉湯涌温泉、白峰温泉、加賀八幡温泉」などにもあり、湯めぐりしながら北陸の春を満喫するもの一興でしょう。