昭和5年9月10日 日奈久温泉 織屋投宿

「・・私は所詮、乞食坊主以外の何物でもないことを再発見して、また旅に出ました。歩けるだけ歩きます、行けるところまで行きます。温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、――― いや一生動きたくないのだが・・」
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 昭和14年12月四国巡礼を果たせた山頭火は松山御幸寺内にある納屋を改造して「一草庵」と名づけて結庵とした。

 おちついて死ねそうな草枯るる

 昭和15年10月11日「一草庵」にて放浪の生涯を閉じた。享年59歳。

 「無駄に無駄を重ねたやうな一生だつた、それに酒を注いで、そこから句が生まれたやうな一生だつた。
 ぼうぼうばくばく、六十年に至らんか、・・・
 山頭火はなまけもの也、わがままもの也、きまぐれもの也、
 虫に似たり、草のごとし。‥‥」

  酒を愛し行乞放浪を続けた山頭火は、まだいずれかの地を歩いているのかも知れない。
 
たまに贅沢 たまにゆっくり たまには夫婦
(2004年冬編)
その自己破滅はどこへ行く・・
あぁ山頭火よ・・
 種田山頭火、本名「種田正一」。
 明治15年(1883)12月3日山口県佐波郡(現防府市)の大地主の長男に生まれながら、小さき頃の「母親の自殺」、父の遊蕩、酒造会社倒産など山頭火の周りには通常では味合うことがない悲惨な状況が連続して起こっている。

 大正2年 萩原井泉水へ師事
 大正15年 一鉢一笠の行乞放浪、流転の旅がはじまる


 またおのれ自身も「酒」におぼれていくのであった。

 温泉はこよなく愛した。

 昭和6年12月29日 武蔵温泉(現二日市温泉) 和多屋投宿

「武蔵温泉に浸った、温泉はほんたうにいい、私はどうでも温泉所在地に草庵を結びたい。」


からだあたゝまる心のしづむ
 昭和7年1月31日、同年3月14日 嬉野温泉 筑後屋投宿

 「嬉野といふところはなかゝうれしい土地ですよ、孤独の旅人が草鞋をぬぐには最もふさはしい場所です、草庵立地にも悪くないと思ひます、あなたと二人で熱い溢れる湯に浸りたいものです。・・・前歯がほろりとぬけました、さみしい夜でした、痔はよくもわるくもありません、入湯がよくきゝました、頭部のカユガリもだいぶよくなりました、ぐるゝまはつて、またここへひきかへしたいとも考へてをります」


さびしい湯があふれる 
うしろ姿のしぐれていくか